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甲府地方裁判所 昭和45年(わ)88号 判決 1971年12月14日

被告人 石原貞良

大九・五・一八生 山梨県巡査(休職中)

主文

一、被告人を罰金三万円に処する。

二、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

三、訴訟費用は全部被告人の負担とする。

四、本件公訴事実中、後記酒気帯び過失安全運転義務違反の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により、正常な運転ができないおそれがある状態で、昭和四四年七月五日午後二時四〇分ころ、山梨県甲府市下石田町九二八番地先県道において、自動二輪車を運転したものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人および弁護人の主張に対する判断)

(一)  酒酔い鑑識カードの信用性について

弁護人は、右に証拠としてあげた酒酔い鑑識カード(以下鑑識カードという)は信用性がないと主張する。本件では、右鑑識カードが最も重要な証拠であるから、その信用性について検討することとする。

本件捜査過程において、鑑識カードが二枚作成されていることから、まず、その作成の日時、場所、記載内容について、弁護人から疑問が提出されているが、右二枚のうち、公訴事実の証拠として採用された前記鑑識カード(証拠として採用されなかつた鑑識カードは、事件の翌日、石原幸雄巡査が上司の命により捜査報告書を提出する際、その報告書に添付して捜査報告の内容とするため作成されたものであるから、これは捜査報告書の一部をなし、証拠とすることに同意が得られなかつたので証拠能力がなく、請求が却下されている。したがつて、以下において鑑識カードという場合はすべて証拠として採用されているものを指す)は、証人石原幸雄(一、二回)、同清水収(一、二回)、同堀内要蔵、同古屋国夫の各証言および右鑑識カードの記載により、作成者石原幸雄巡査が、昭和四四年七月五日午後四時三五分、甲府市相生一丁目四の二一宮沢外科医院において、その時点での被告人の身体内におけるアルコールの保有量につき、検知管による化学判定をした結果および同巡査の五官の作用により、その時点での被告人の身体の状態を認識した結果を記載したものであることが明らかである(右鑑識カード中の被告人の供述記載部分、すなわち、中程上段の「名前は」の欄から「車の所有者は誰ですか」の欄までの供述記載は、実際に被告人を尋問したのは堀内要蔵警部であるが、同カードの作成者として同人の署名押印がないので、その部分は証拠として採用されていない。もつとも、「住所は」の欄の供述記載は弁護人から反証として援用され、採用になつているが、その部分は反証であるから、公訴事実の証拠とはなつていない)。

右鑑識カードの化学判定欄の呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上という記載が特に問題となるのであるが、この点について、前記諸証言によると、問題の飲酒検知は、まず、堀内要蔵警部が呼気採取用のゴム風船に被告人をして呼気を吹き込ませ、つぎに、石原幸雄巡査が北川式検知管を用いて右採取にかかる呼気の測定を行つた結果、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上あり、その点は石原幸雄巡査ばかりでなく、検知に立会つた古屋国夫巡査、堀内要蔵警部もその場で確認し、石原幸雄巡査が即時同所で鑑識カードに記入し、同カードと共にこれを所轄南甲府警察署の清水収巡査部長に引渡し、同人が更に比色表に照し検知管の示度をたしかめたところ、やはり〇・二五以上を示していたことを認めることができる。弁護人は、検知管が被告人に示されていないことなどから飲酒検知自体行なわれたか否か疑問であるというが、この点は、右諸証言によつて疑問の余地はないものといえる。検知後、検知管が被告人に示されていない理由は、事故発生後二時間近くも検知等に関して「ごたごたした後であるし」(堀内証言)、「カーテンで仕切られた隣りは別の病室になつているので、警察官が飲酒運転のうえ事故を起こしたことを一般世人に知られたくなかつた」(柏手証言)という配慮によるものであることが認められ、検知していないからではないといえる。なお、弁護人は、証拠物たる検知管の保管に関する関係人の証言にくいちがいがあることを理由に、前記石原幸雄巡査が清水収巡査部長に引渡した検知管が途中で別のものに差しかえられたか、あるいは、右両者間に検知管の授受はなされていないのに、あたかも授受があつたかの如く虚偽の証言をしているのかも知れないというが、問題の検知管は現在では変色し、ほとんど証拠価値を喪失しており、その証拠価値のない検知管をわざわざ証拠として提出している事実および前記諸証言によると、右弁護人の疑問は杞憂にすぎないものといえる。

検知管の存在が証拠価値を喪失している現在では、検知管の示度を記載した鑑識カードこそ最も重要な証拠であるが、鑑識カードが作成される時点においては、警察側と被告人との間にトラブルはなく、鑑識カードの作成者である石原幸雄巡査にしても被告人に対し特に不利益な記載をするおそれのある事情はないし、その場にいた被告人の上司である柏手勤警視、堀内要蔵警部も、できれば寛大にという気持(柏手証言)であり、被告人をかばおうという気持(堀内証言)であつたことが明らかである。それ故、右鑑識カードに、被告人にとつては不利益で、かつ、真実に反する恣意的、捏造的記載のなされるおそれはなかつたものといわなければならない(もつとも、住所欄の記載は、被告人の供述に基づいて記載されたものでないことが認められるけれども、この点は、本来鑑識カードによる証明の対象でもなく、また、前記のように、公訴事実の証拠として採用されていないので、特に問題とするに足りない)。

弁護人は、被告人の飲酒量が少ないことと、飲酒時と検知時との間に時間の距りがあることを理由に、なお鑑識カードの記載を信用できないものと主張する。しかし、被告人の飲酒量については各証言がまちまちで、そのとらえ方も見方の相違により異なる。弁護人は、証人有井今朝美、同佐野正男、同伊藤義則の各証言を総合して、被告人はせいぜいビール一本ないし二本しか飲んでいないとみるが、検察官は、同じ証言から、被告人はビール三本および酒一合ないし三合五勺飲んでいるとみている。(証拠略)によると、事故直後の被告人の行動は異常で、いわゆるよつぱらいのそれと全く異ならず、事故の現場さえ自ら的確に認識し得ず、警察官でありながら事故の原因を究明するための手続に非協力的であつたことが認められ、この事実および鑑定人上野正吉作成の鑑定書(飲酒実験)によると、被告人は、少なくとも弁護人主張の飲酒量に止まらず、それを超えた量の飲酒をしていたものと認めざるを得ない。証人柏手勤、同堀内要蔵の証言によると、宮沢外科における飲酒検知時においても、被告人の吐く呼気から酒の臭いがしていたことが明らかであり、被告人の当公判廷における供述でも、柏手警視から酒の臭いを指摘されている事実が明らかである。これらの事実を併せ考えると、昭和四四年七月五日午後四時三五分の時点において被告人がその身体内に呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有していたという前記鑑識カードの記載は十分信用できるというべきである。

飲酒後、身体内にアルコールの留る時間とその量は、飲酒量だけでなく、飲酒者の体質、飲酒時の健康状態および精神状態、胃の内容物の質と量などにより左右されるものであるから、右鑑識カードの記載は、鑑定人上野正吉作成の鑑定書によりその証明力を減殺されるものではない。

以上に説明したとおりであるから、弁護人のこの点に関する主張を採ることはできない。

(二)  正常な運転ができないおそれのある状態にあつたか否かについて

被告人および弁護人は、判示自動二輪車の運転にあたつて、被告人は法定量以上のアルコールを身体内に保有していなかつたし、正常な運転ができないおそれのある状態ではなかつた旨主張する。(証拠略)によると、被告人は事故時(昭和四四年七月五日午後二時四〇分)から検知時(同日午後四時三五分)までの間に飲酒していないことが明らかであり、他方前記のように信用性のある鑑識カードによると、被告人が、右検知時に呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体内に保有していたことが明白である。すると、被告人は右事故時にはそれ以上のアルコールを身体内に保有していたことになる。そして、(証拠略)によると、被告人が判示日時場所において、早川忠雄運転の小型貨物自動車の右後部に追突事故を起こしたことおよび被告人は事故の現場や追突部分を的確に認識できなかつたことが明らかである。このような事実によると、被告人は前記アルコールを身体内に保有し、その影響により、正常な運転をすることができないおそれがある状態で、判示日時場所において、判示自動二輪車を運転したものというほかない。この点に関する被告人および弁護人の主張もまた採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、昭和四五年法律第八六号(道路交通法の一部を改正する法律)附則六項により同法による改正前の道路交通法一一七条の二第一号 六五条、昭和四五年政令第二二七号(道路交通法施行令の一部を改正する政令)による改正前の同法施行令二六条の二に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、その所定の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、右罰金を完納することができないときは 刑法一八条により、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。

(一部無罪)

本件公訴事実中、「被告人は、昭和四四年七月五日午後二時四〇分ころ、自動二輪車を運転し、山梨県甲府市下石田町九二八番地先県道上(巾員六・二メートル)を、同市中央一丁目方面から同県中巨摩郡昭和村方面に向かい、時速約二〇キロメートルで早川忠雄運転の小型貨物自動車に追従して進行したのであるが、進路前方の左側には山梨交通下石田四つ角停留所があり、当時右早川の自動車の前方を右山梨交通所属の定期バスが同方向に進行しており、これが同停留所に停車すると、これに続いて右早川の自動車も停止するであろうことは十分予測される状況であり、また、自車のブレーキペタル及び被告人着用の靴底がいずれも雨水で湿りすべり易くなつていたのでるから、右早川の自動車に追従するにあたつては、同車が急に停止したときでもこれに追突するのを避けるに必要な車間距離を保ち、同車の動静に十分注意しながら進行すべきはもちろん、停止にあたりブレーキの操作を確実に行なうべき注意義務があるのに酒気を帯びていたこともあつて、これを怠り、前記同速度のまま、その車間距離をわずかに五、六メートルしかとらずに追従したため、折柄、前記バスが同停留所に停車したのに続いて急停車した右早川の自動車を認め、あわてて急ブレーキをかけようとしたが、前記のごとく水で湿つていたためブレーキペタルをふみはずして意のごとく制動措置をなし得ず、自車を同自動車の右後部に追突させ、もつて、ブレーキを確実に操作せず、かつ、道路、交通等の状況に応じ他人に危害を及ぼさないような方法で運転しなかつたのであるが、その際被告人は酒気を帯びていたものである」という点については、前記証拠の標目に掲げた諸証拠によりこれを認めることができるけれども、その点は判示犯行を別の面から評価したもので、前法律的かつ歴史的事実は一個あるにすぎない。ところで、道路交通法七〇条所定の安全運転義務は、同法の他の各条に定められている運転者の具体的、個別的義務を補充する趣旨で設けられたもので、右各条の義務違反の罪が成立する場合には、その行為が同時に右七〇条違反の罪の構成要件に該当しても、同条違反の罪は成立しないものと解するのが相当である。それ故、本件においては、昭和四五年法律第八六号による改正前の道路交通法六五条に違反する同法一一七条の二第一号の罪のみ成立し、別に同法七〇条に違反する罪は故意犯、過失犯を問わず成立しないものといわなければならないから、この点については、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

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